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市庭と道

ページ番号:0002050 印刷用ページを表示する 更新日:2018年12月25日更新 <外部リンク>

室町時代の野々市は、加賀の政治や経済の中心地でした。富樫氏(とがしし)の守護所(しゅごしょ)[政治を行う場所、今でいう県庁]が置かれ、北陸道(ほくろくどう)と白山大道(はくさんおおみち)[金沢市の大野から白山市鶴来の白山比め(しらやまひめ)神社を結ぶ道]が交差する交通の大切な地点でもあって、たくさんの人や物が行き来していました。

野々市は、昔の文書に「野市(ののいち)」と書かれていて、「馬市(うまいち)」の地名もありました。「市」の字を使っていることから、野々市は、定期的に多くの商人が集まって、いろいろな品物を売り買いした「市庭[市場]」がひらかれた場所であったことがわかります。

1486年(文明18)に、京都の聖護院(しょうごいん)というお寺の道興(どうこう)という僧が、野々市に立ちよった時に
「風をくる 一村雨(ひとむらさめ)に 虹きえて のゝ市人(ののいちびと)は たちもをやます」と歌を詠みました。

この歌は、「虹がかかっていた空に風が吹いて、にわか雨が降ってきても、野々市の人は忙(いそが)しそうに仕事を続けてやめようとしない」という意味で、たくさんの人でにぎわう野々市のようすが伝わってきます。

布市神社(ぬのいちじんじゃ)にたてられている道興の歌碑(かひ)の画像

布市神社(ぬのいちじんじゃ)にたてられている道興の歌碑(かひ)

野々市と周辺の地図の画像

野々市と周辺の地図
野々市が北陸道と白山大道の交差点であることがわかります

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