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菜種の栽培と油の生産

ページ番号:0001962 印刷用ページを表示する 更新日:2018年12月25日更新 <外部リンク>

電気のなかった江戸時代の家では、灯油(とうゆ)を灯して夜のあかりにしました。
灯油は菜種[菜の花の種]や綿(わた)の種から作られていて、野々市の周辺では、米作りの裏作(うらさく)[次の年の田植えまでの間に作物をつくること]として菜種の栽培がさかんで、7月に種をまき、9月に稲刈りが終わった田に植えかえて、4月に収穫しました。

収穫した菜種は、「菜種場(なたねば)」という5月から12月の間に月3回開かれた市(いち)で、加賀藩の役所がいったん買い上げて油の生産者に払い下げをしました。加賀藩は、金沢城下で多くの灯油が使われるため、原料の菜種の価格を管理して、安定した価格の灯油が人々に行きわたるようにしていました。

油の生産者にわたった菜種は、水車を使い臼(うす)で挽(ひ)いて粉にし、これを絞って灯油が作られていました。昔の野々市には菜の花畑が広がり、水車のある風景が多くみられたようです。

野に咲く菜の花の画像

野に咲く菜の花
江戸時代にはこのような風景があちこちで見られたことでしょう。
 

行灯(あんどん)の画像

行灯(あんどん)
中に油を入れた皿を置き、芯(しん)に火をともして明かりとして使用していました。

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